会社のあゆみ・沿革

但馬屋食品のあゆみ

行基町工場

行基町工場の中島会長(左端)と従業員(昭和45年ごろ)

昭和32年、創業者中島兄弟の努力により、豆腐の「但馬屋」が尼崎に誕生しました。古道具屋で調達した釜や道具と、間口2間、奥行2間の木造店舗を借りての創業です。

昼夜を分かたず働き続け、翌年には土地と店舗を譲り受け伊丹市寺本に移転。順調に売り上げを拡大するものの、火災により店舗全焼という災厄に見舞われます。
しかし、但馬屋はその地で再スタートを切り、伊丹周辺の工場(社員食堂)も顧客にして但馬屋商品の魅力を伝え続け、昭和37年には伊丹市行基町に、工場を新設しました。

何事も一度決めたら最後までやり抜き、受注した商品はいかなる条件下でも100パーセント納品するという創業者中島の全力投球の姿勢は、その後の顧客満足の獲得、量販店との取引へとつながっていきます。

豆腐製造ライン(八鹿工場)

豆腐製造ライン(八鹿工場)

量販店の勢いが増す中、行基町の工場では生産が追い付かなくなり、創業者の故郷、兵庫県養父市八鹿町に新工場を建設。豆腐に最適の良質な水を得て、オリジナルブランド「田舎豆腐」や「手造り風絹こし豆腐」が人気となり、昭和58年には伊丹工場も竣工しました。

ただ、常に順風満帆だったわけではありません。八鹿工場では台風シーズンの水害により二度の浸水被害を受け、平成7年1月の阪神・淡路大震災では伊丹地域が甚大な被害を被りました。
いずれも社員たちが一丸となって復旧と商品の出荷に奮闘、従業員家族や取引業者までもが協力し、幾度と訪れた危機を乗り越えてきたのです。

昭和60年には研究開発室を新設して新たな大豆加工食品への挑戦も始めました。
卵の代わりに豆腐を用いた「とうふマヨ」などを次々と開発、近年もスモーク豆腐「とうふ燻」など斬新な商品を開発しています。

新しい商品を開発する一方で、平成元年に原点回帰ともいえる「豆富庵」を開店。「豆富庵」では石臼で大豆を挽き、クヌギの薪を使用して地釜で煮るという昔ながらの製法でとうふやあげを製造、直売しました(※道路拡張工事のため平成26年7月に一時閉店)

平成5年には油あげ部門を分離して兵庫県朝来市に朝来工場を建設、伊丹市池尻にも絹こし豆腐の専門工場を建設しました。
また、衛生管理向上のため5S活動(のちに7S活動)を始動させ、業界に先駆けてISO9001、HACCPの認証を取得、社員全員が品質管理を意識し、顧客からも安定した品質が認められるようになってきています。

現在は新たなブランド「上質無垢」を立ち上げ、添加物の入っていない、昔ながらの安全・安心なとうふ・あげの商品化に取り組んでいます。

これからも、お客様が毎日安心して食べられる商品をお届けいたします。

営業本部・配送センター

沿革

昭和32年4月 尼崎市西大島にて創業
33年4月 伊丹市寺本公団前に移転
37年9月 伊丹市行基町に工場新設
46年5月 但馬屋食品株式会社設立/資本金1000万円
51年9月 八鹿工場新設
52年4月 資本金3300万円に増資
53年4月 資本金4840万円に増資
53年5月 昆陽配送センター新設
53年9月 八鹿工場増設
58年4月 伊丹(森本)工場新設
60年2月 研究開発室・商品検査室開設
62年9月 営業本部池尻センター新設
平成1年11月 豆富庵開店
5年3月 朝来工場竣工
5年4月 池尻工場竣工
5S活動発足
7年5月 八鹿工場改修
9年4月 関東営業所開設
11年12月 関東営業所閉鎖
15年5月 ISO9001 認証取得(全事業所)
HACCP認証取得(池尻工場)
16年11月 豆富庵さらら開店
20年6月 5S活動~7S活動へ
21年7月 中島耕作代表取締役社長就任
23年6月 池尻工場増設
23年7月 朝来工場第二工場竣工
24年7月 兵庫県版HACCP認証
26年7月 豆富庵 道路拡張工事に伴う一時閉店
26年8月 豆富庵さらら 一時閉店
29年2月 八鹿工場閉鎖